「コミュニケーションの未来」――ベルリン日独センター2022年会議系事業の幕開けテーマ

人間を人間たらしめるものはコミュニケーション能力、すなわち意思疎通能力あるいは情報伝達能力です。とは言え、人間であればスムーズなコミュニケーションをとることができるとも限りません。コミュニケーションではさまざまな要因が絡み合い、そのひとつひとつが誤解を招くことにつながり得るのです。

  また、ベルリン日独センター事業のように国際理解や国際交流がかかわると、言葉の壁や異文化間の不協和音によって問題が一層大きくなります。

   さらに、デジタルコミュニケーションの時代になってから浮上した新たな問題もあります。新型コロナウイルス感染症の感染拡大が始まってから、ほとんどの人が物理的に距離を置くデジタル空間における交流に慣れ、その結果、コミュニケーションのあり方が大きく変化しました。

デジタルコミュニケーションにおける主要課題のひとつが、きちんと機能するテクノロジーの確保です。マイクロソフト社やメタ社(旧フェイスブック社)をはじめとする大企業がインターネットをユビキタス(偏在的)でイマーシブ(没入型)のメタバース[1]と取り替えようとしているなか、既存のデジタルコミュニケーションの枠組みは、将来訪れるかもしれないもっと大きなスケールのものへの序幕のように感じられます。確実なのは、技術開発のスピードが速くなり、人と人とのネットワーク化が進んでいることです。そして、2030年には、私たちのモバイル通信(コミュニケーション)に大きなイノベーションをもたらす Beyond 5G/6G(第6世代移動通信システム)が導入されることになっています。

2022年2月17日にベルリン日独センターが在独日本国大使館と共催するウェブ開催シンポジウム「Future Communication Technologies: Beyond 5G/6G – Opportunities for Japanese-German Collaboration」(未来の通信技術――第6世代移動通信システムを超えて――日独連携の可能性)では、将来の主要技術とかかわる課題および期待を取り上げます。

   基調講演者として日本の著名な研究所、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の徳田英幸理事長をお迎えし、Beyond 5G/6G の最先端研究を紹介していただいた後に、社会に及ぶ影響に関するご考察をいただきます。また、ドイツ人工知能研究センター(DFKI)のアントニオ・クルーガー所長(Prof. Dr. Antonio Krüger)をはじめ学界、行政、財界のトップクラスの専門家にお集まりいただき、日独パートナーシップやグローバルパートナーシップについて、さらには、カーボンニュートラルの目標達成に向けての新技術の貢献などについて意見を交わしていただきます。

   デジタルコミュニケーションは技術的な大綱条件の問題だけでなく、社会問題および対人関係面での問題も少なからずもたらしますが、このような問題はコロナ禍のようなパンデミック時に強く表面化します。心理学者のユリア・ブレイロヴスカヤ(PD Dr. Julia Brailovskaia)は「Die Zeit」紙デジタル版の最近のインタビューで、自身のコミュニケーション媒体としてもっぱらSNSを利用する人の場合、とりわけ青少年の場合は現実(リアルな)世界で相手の感情を正しく認識できなくなってしまうと語っています。[2]しかしながら、デジタルネイティブでなくとも、すなわち、学生時代からインターネットやパソコンのある生活環境で育ってきた世代でなくとも、一般的なビデオ会議ですでに参加者の表情や身振りが現実(アナログ)の世界とは異なり、交流の密度が希薄になっていることに気づいています。また、チャットフォーラムには匿名で投稿できるので露骨なヘイトスピーチが誘発助長され、それが公共のアナログ空間に波及する恐れがあるのもデジタルコミュニケーションの極端な側面です。

   では、デジタルコミュニケーションは私たちの日常生活にどのように影響しているのでしょうか。デジタルコミュニケーションにおいても人間らしさ、共感、感情、個性を保つためにはどうしたらよいのでしょうか。今後、デジタル空間におけるコミュニケーションをより人間らしくしてゆくためにはどうしたらよいのでしょうか。このような問題を取り上げて討議するのが2022年2月4日にウェブ開催する日独パネルディスカッション「コミュニケーションの未来と私たち」です。本事業は、長年優れた協力関係を維持してきた国際交流基金とともに実施します。

   ベルリン日独センターはまた、人工知能と人間らしさ、あるいは人工知能と人間が出会う方法をテーマとするイベントも開催します。

   「Artificial Intelligence and the Human – Cross-Cultural Perspectives on Science and Fiction」(人工知能と人間――科学とフィクションの異文化交流)というタイトルで2022年5月11日から13日にかけての三日間の会議を早稲田大学およびアレキサンダー・フォン・フルボルト・インターネット&社会研究所(HIIG)と共同で開催し、さまざまな文化圏における人工知能と人間らしさに関する概念や考え方を対比するかたちで紹介します。

   情報通信技術の文脈におけるコミュニケーションのさらなる発展をめぐる問題では、どのようにして情報が伝達され、大量の利用可能なデータの中で情報がどのように評価され、それを通じて知識がどのように消費され、なにを根拠に知識が獲得され共有されるのか、ということも最終的に重視されます。2022年、ベルリン日独センターはナレッジカルチャー(知識文化)に比重をおいてさまざま事業を展開します。「コミュニケーションの未来」にかかわる一連のイベントは、その出発点です。

 

文:フェーベ=ステラー・ホルドグリューン (Dr. Phoebe Stella HOLDGRÜN)、ベルリン日独センター プロジェクトマネージメント部長
訳:ベルリン日独センター

 


[1] メタ(meta、超越した)ユニバース(universe、宇宙)を組み合わせた造語で、コンピュータやコンピュータネットワーク内に構築される、現実世界とは異なる三次元の仮想空間自体やそこでコミュニケーションが行えるサービス・プロダクト全般を表す。


[2] Celia Parbey 著「Jüngere Menschen haben Probleme, die Emotionen anderer wahrzunehmen」(青少年は他の人の感情になかなか気づかない)、ZEIT ONLINE、2022年1月10日、https://www.zeit.de/zett/2022-01/jugendliche-social-media-mediennutzung-angst-stress-psychologie