研修プログラム「日独青少年指導者セミナー」 2021年ウェブ開催

派遣団A2研修テーマ「子どもと若者の貧困――課題と解決に向けた取り組み」 ドイツ派遣団報告 ガブリエーレ・レーナース(Gabriele LEHNERS、アマーランド郡市民大学、子ども・若者支援担当) ベンヤミン・ズルト(Benjamin SULT、青少年援助連合会、ソーシャルワーカー)

Digitales Studentenprogramm

私たちドイツ派遣団7名の参加者は、多くの見識を得ることのできた素晴らしいバーチャル旅行を企画実施してくださったすべての関係者に感謝します。

    日独の青少年指導者を対象とする研修セミナーに参加するに先立ち、ドイツ団を対象に開催された事前研修会のことは、今でも鮮明に覚えています。最初のトピックは「学び」でした。「我々はどのように学ぶのか?」その回答のひとつは「戸惑い」で、戸惑いを受け入れ、自らの行為に疑問を持つことを通して学ぶことができるとのことでした。そして、実際に研修セミナーが始まってから出会った12名の日本人参加者との相違点や共通点に戸惑うことが多かったので、換言すると私たちはこのセミナーを通じてとても多くのことを学んだことになります。
    この異文化交流の冒険に乗り出した私たちの最初のステップは、冒険に必要不可欠な知識の基盤を築くことでした。ウェブ開催の事前研修会ではベルリン自由大学の日本研究者エーダ=ラムザウアー氏(Andreas EDER-RAMSAUER)が日本全般について、とりわけ戦後史について、また、日本経済の問題点やバブル崩壊の影響についてレクチャーしました。
    さらに、日本の教育制度や社会・政治的な枠組みが非常に分かりやすく紹介され、私たちの質問にもしっかりと応えられたので、日本の社会構造をより良く理解することができました。レクチャーのなかで私たちが心待ちにしていたのは、日本の若者の状況に関する説明です。ここでは、特に「ひきこもり」について詳しく説明されましたが、それは、ドイツでは「ひきこもり」の概念や状況があまり知られていないからです。
    そして、最後に2021年の時事問題、なかでも新型コロナウイルス感染症の影響、東京オリンピック、日本の現在の政治状況などが取り上げられました。

    これにつづいて事前研修会では三浦なうか氏(ベルリン日独センター)およびクラウディア・ミアツォフスキ氏(Claudia MIERZOWSKI、ドイツ国際ユースワーク専門機関)が日本における子ども・若者の支援・育成制度についてレクチャーし、そのお陰で私たちの理解も深まりました。たとえば、日本の児童福祉や青少年育成・支援は資金調達という問題に直面しているそうですが、それは、法律では裁量に基づく努力義務しか規定されていないことが多く、真に義務化された給付内容は一部の領域に限られているからだそうです。もうひとつの課題はボランティア活動の普及で、法律が定める業務もボランティアに委ねることで不足する専従スタッフを補完する傾向があるということでした。

    日本派遣団との最初の合同ミーティング、すなわち2021年研修プログラム「日独青少年指導者セミナー」の公式開幕は、日独青少年交流および青少年指導者交流の後援者の独連邦家庭高齢者女性青少年省シュテファン・ツィアケ政務次官(Stefan ZIERKE)のビデオメッセージで始まり、国立青少年教育振興機構の大内克紀「子どもゆめ基金」部長およびベルリン日独センターのユリア・ミュンヒ事務総長(Dr. Julia MÜNCH)の挨拶がつづきました。
    メッセージおよび挨拶では日独間の友好関係および日独青年指導者セミナー50周年が賞賛され、子どもや若者にとって同セミナーが果たしてきた役割が強調されました。また、子どもや若者の貧困が先送りにできない問題であることも強調されました。

    つづいて、大阪府立大学の山野則子教授が日本の子どもや若者の貧困についてレクチャーし、どのような対策が必要と考えるか紹介し、貧困には3本の柱があると指摘しました。
1.    物質的資源の欠如
2.    ソーシャルキャピタル(対人関係)の欠如
3.    ヒューマンキャピタル(健康と教育)の欠如
    山野教授は貧困と効果的に戦うためには上述3本の柱に取り組む必要があると述べました。その際、基本的なことに目を向け、当事者の羞恥心を緩和することが大切です。幼少期や青年期の貧困がもたらす目に見えない影響は、孤立、児童虐待、問題行動、学力の低下などの形で現れます。そのようなリスクのある子どもや若者の3割には如何なる援助も届いていません。ここで、山野教授は学校での対応を改善する必要性を見出します。リスクがあると思われる子どもに関する情報を適切な機関に伝える教師の権限を拡大する必要があるのです。山野教授はさらに、誰一人見落とさない「学校版スクリーニング」も要請されました。
    「ドイツにおける子どもと若者の貧困」については登記社団「家族の未来フォーラム」のアレクサンダー・ネーリング事務局長(Alexander NÖHRING)がレクチャーし、冒頭で、「家族とは、人と人が永続的に相互の責任を負い、助け合い、温かく思いやる場である」と述べました。すでに山野教授も述べたように、ネーリング氏も貧困状態にある子どもや若者は基本的ニーズの充足、社会参画、文化的資源、健康状態の面で制約を受けていると強調しました。そして、これらの制約を子どもや若者の発達課題と対比させ、貧困によって多くの発達課題の習得が一層困難になっていることを示し、その上で、独連邦政府、各州政府、市町村が貧困に予防的に対処するために現場で実施しているさまざまな取り組みを紹介しました。貧困に苦しむ子どもや若者を支援するためのワンランク上の戦略としてネーリング氏は「子ども基礎保障」を提案しました。租税法により高所得世帯ほど税額控除面で優遇される反面、社会法の対象となる貧困世帯への社会給付は上述税額控除の半分程度の金額であるだけでなく、児童手当は社会給付の相殺対象となります。子ども基礎保障は、教育や社会参画における不平等な状況を克服するために、子ども全員に同額を保障する提案です。ドイツの現行の家族支援策を見ると、「ドイツ政府はすべての子どもに同等の価値を見出していない」という結論に達しても仕方ないのではないかとネーリング氏は語りました。新政権の連立合意書に明記されている子ども基礎保障がどのように実現されるか、ドイツ派遣団としても興味津々です。
    セミナー二日目には鈴木晶子氏が認定NPO法人「フリースペースたまりば」をバーチャルで案内しました。このNPO法人は「居場所」を象徴するさまざまな事業を実施しています。子どもや若者は放課後に、あるいは不登校児であってもフリースペース内のさまざまな「居場所」を訪れることができます。また、障碍のある方もない方も、保護者や学生も同様にフリースペースを利用することができます。ドイツ派遣団が特に感銘を受けたのは、普段はなかなかできない泥んこ遊びができる「川崎市こども夢パーク」です。また、居場所、フードパントリー、子ども食堂が一体となっているコミュニティースペース「えんくる」も紹介されました。

    セミナー三日目はドイツの施設のバーチャル訪問で、登記社団キンダー・シュテアケン(子どもに力をつける)のカロリン・ゲンツ氏(Carolin GENZ)がシュテンダール市シュタットゼー地区マネジメント支援センターの活動を紹介しました。シュタットゼー地区はこの10年間で大きな変遷を遂げ、人口は約2万人から約1万1000人に半減し、東独時代の住宅政策で建設されたプレハブ巨大集合住宅団地も大量に取り壊されました。地区マネジメント支援センターはさまざまな問題を抱える地域における相談窓口であり、同地区の変遷プロセスに住民が積極的に参画する機会も提供しています。

    セミナー四日目は日独派遣団から各々1名の団員が所属施設を紹介する形で前述バーチャル訪問を継続しました。まず、ドイツ児童保護連盟ヴュルツブルク郡支部のジビレ・スリヤーナ氏(Sybille SURYANA)がボランティアの協力を得て実施する家族支援について発表しました。日本側からは渋谷彩夏氏が川口市保健所疾病対策課における精神保健係としての業務を説明しました。二人のミニプレゼンをベースに、掘り下げた内容のグループディスカッションがつづきました。

    セミナー四日目後半および五日目は二つのグループに分かれたグループディスカッションの場でした。三浦氏が司会した第1グループのトピックおよび討議結果は以下のとおりです。
1.    「子どもの目標に焦点をあわせつづける社会全体のアプローチを見つける必要性」、すなわち、支援者制度全体が上手く連動し、統一された方法で調整されることが望まれており、日独両国において子どもの生活環境に関する独立した担当省が必要であるということです。また、日本側においてはNPOや民間団体の権限・能力を強化することでそれら組織の社会的評価が向上し、ひいては子どものウェルビーイングを強化することにつながることが望まれるとされました。
2.    二つ目のテーマは視点を変えて、「子ども・若者の支援や育成の現場で働く職員の状況や抱える問題、そして、支援者が力をつけ、高い労働意欲を維持しつづけるために必要とされるメンタルヘルス」を取り上げました。最終的には職員同士がお互いに認め合い、表裏のないコミュニケーションを担保し、そして外部専門家によるスーパービジョンによって実現できるという結論にいたりました。また、子どもやご家族の方々と親しみを籠め、相互に認め合う気持ちをもって接することが仕事の喜びや楽しさにつながり、引いては子どもと家族にも喜んでもらえるのではないかということでした。青少年援助(支援と育成)において心の健康と意欲的な支援者を確保するためには、これらすべての重要性を社会全体で共有する必要があります。

    第2グループは國學院大學准教授で国立青少年教育振興機構青少年教育研究センター研究員の青木康太郎氏がファシリテーターで、日独の団員で最初にディスカッショントピックを擦り合わせ、以下の3件について意見を交わしました。
1.    まず、「日本とドイツにおけるコロナ関連支援策」では、日独の支援策が大きく異なることを確認しました。日本のメディアでは、ドイツはコロナ対策の「優等生」として紹介されることが多かったそうです。日独に共通するのは、コロナ禍以前から困難な生活状況にあった人の場合、コロナ禍によって生活状況が著しく悪化したことです。
2.    「貧困のなかにいる子どもを上手く支援する方法」に関する討議では、とりわけ体験学習やレジリエンス構築が取り上げられました。そして、子どもや若者に新しい体験の場を提供すること、模範となること、子どもや若者に自分の限界を試させること、といったことを掘り下げて討議し、これら全てを民主主義に基づくコミュニティ経験が可能な環境で実施することが重要とされました。これらはすべて、貧困状況にある子どもや若者の自己肯定感を強化することに資し、場合によっては社会的なステップアップにつながる可能性もあると考えられました。また、常に保護者にも配慮し、保護者を巻き込む必要性も言及されました。
3.    最後に、「支援事業と学校の連携を改善し、協力関係を促進する方法」を検討しました。ひとつの課題として明らかになったのは、子どもや若者(とりわけ終日制の学校の生徒)が家族と過ごす時間や自由時間が往々にして少なすぎるということです。また、スクールソーシャルワークの重要性と可能性についても意見を交わしました。学校現場に学校外の取り組みを定着させるためには教員との連携、望ましくは校長との連携が重要です。そのためのつなぎ役として地域の協議会を利用することが提案されました。
    2021年「日独青少年指導者セミナー」で学んだことを総括すると、貧困に苦しむ子どもや若者を取り巻く状況は日本においてもドイツにおいても複雑であるということです。その解決のためのアプローチは多様で、似たような問題であっても、問題解決へのアプローチや支援の実施方法は日独間で異なります。

    筆者(Benjamin SULT)は、日本とドイツの変遷過程を大変興味深く思いました。特に都心部の変遷過程は極めて大きな課題であると考えます。また、日本では青少年支援施設が地元に根付いていること、そして「ひきこもり」にもアウトリーチし、「ひきこもり」もこれら施設を利用していることに感銘を受けました。これは、素晴らしいことだと思います。

    日本の団員からは「インフォーマル交流」と銘打ったセッションでドイツの移民・難民政策に関する質問が多くありました。ドイツ団員のなかにはこの関連の業務に当たる複数名の団員がいたので、それぞれの経験を基に回答することができました。

    「日独青少年指導者セミナー」の成果として、日常生活の枠を超えた社会を垣間見ることで多くのインスピレーションを得られたことを挙げます。ドイツ団員誰もが非常に心を動かされたのは、開かれた教育的枠組みのなかで子どもや若者に(日常的な)経験をさせることに焦点をあわせる日本の「居場所」の考え方でした。また、青少年援助やコミュニティワークにおけるネットワークの重要性に改めて気づかされたことも大きな収穫でした。

    前述のネーリング氏の言葉を借りれば、「責任を負い、助け合い、温かく思いやる」ことで(貧困に苦しむ)子どもや若者に、青少年援助の枠組みにおいて「家族」に代わるものを提供できれば幸いです。とりわけ、各々の家庭に「家族」が欠けている場合は青少年援助の役割が一層重要になると考えます。

    「日独青少年指導者セミナー」における実りある交流を継続するため、日本団との合同フォローアップミーティングを計画し、2月中旬に1回目を実施しました。今後もどうなるか、とても楽しみです。


  

 

 著者は文部科学省および独連邦家庭高齢者女性青少年省委託事業研修プログラム「日独青少年指導者セミナー」の2021年参加者です。同セミナーでは3年毎に年間テーマを設定しており、2019年以降は「子どもと若者の貧困――課題と解決に向けた取り組み」を掲げています。ドイツ側ではベルリン日独センターが、日本側では2021年も国立青少年教育振興機構がプログラムの企画・実施を担当しています。新型コロナウイルス感染症パンデミックにより、2021年には本プログラムはウェブ開催いたしました。